携帯電話の出す電磁波は人の健康に悪影響を及ぼすのか否か。これは、携帯電話が登場して以来、研究者たちが長く議論してきた問題だ。
米政府は10年以上前、この問題に答えるべく1つの研究に着手した。その暫定的な結果が先週公表されたが、研究者たちは今回分かった結果について、研究全体が完了する前に発表すべきと思わせるほど重要なものだとしている。
研究では、携帯電話から出ているような低レベルの電磁波にオスのラットをさらしたところ、「頻度は低かった」ものの、2つのタイプの腫瘍が体内にできたことが分かった。一つは脳の中、もう一つは心臓の中だ。
ただ研究者たちは、携帯電話ががんの原因になるとの断定的な結論を導くのは時期尚早だと述べている。研究に参加しなかった科学者たちも同様に、断定には慎重だ。
研究を行った米保健社会福祉省傘下の「国家毒性プログラム(NTP)」でアソシテートディレクターを務めるジョン・バッチャー博士は、現在使用されている携帯電話技術は急速に変化しており、その技術の影響を理解するには多くの研究が必要だと指摘。ただ「現段階で人々に(暫定結果を)知らせることは大切だと感じた」と語った。
携帯電話の出す電磁波が人の健康に悪影響を及ぼすのか否かは、携帯電話が登場してからずっと議論されている問題だ。

科学者たちが指摘しているのは、この研究の異例な発見部分だ。すなわち、実験で電磁波にさらされたメスのラットには腫瘍が観察されなかったことだ。そしてもう一つ、電磁波にさらされたラットは、コントロールグループ(電磁波を全くあてなかった比較グループ)のラットよりも長生きしたことだ。
南カリフォルニア大学のジョナサン・サメット教授は「ここで報告されたラット実験の発見から、電磁波が人にとって発がん性があることを発見するまで、長い道のりになる」と述べた。同教授は2011年、携帯電話は発がん性の可能性があると結論した世界保健機構(WHO)評価委員会の委員長だった。  報告は、研究の結論の一部がメディアにリークされ始めたことから、26日遅くに公表された。74ページ以上のNTP報告の半分以上は、この発見に対する査読者の反応が占めた。
例えば、米国立衛生研究所(NIH)のマイケル・ラウアー氏は、この研究の結論を支持できないと述べた。同氏は「電磁波について生き残り率(腫瘍を発症しない率)が一段と高率になっていることから、これまでの疫学的文献とあわせ、わたしは報告執筆者たちの主張に一段と懐疑的だ」と述べた。
研究者たちは、毒性研究において一方の性(オスないしメス)にのみ結果が表れるのは異例ではないと述べている。バッチャー博士は「しばしば説明不能だが、珍しいことではない」とし、「なぜ何かが起こらない(今回の研究では、メスが腫瘍を発症しない)のかの説明は極めて難しい」と語った。  また業界団体の移動体通信・インターネット協会(CTIA)は声明で、米国や国際的な数多くの団体や組織は「既に多数出ている査読済みの研究で、携帯電話で使用される電磁波から健康上の確固たる影響は一切ないことが示されていると判断している」と述べた。
今月にオーストラリアで発表された調査では、ほぼ30年前に同国で携帯電話が導入されて以降、脳腫瘍の発生率が上昇していないことが明らかになったとしている。これは、他の諸国でも同様だという。

米ペンシルベニア大学のケネス・フォスター教授(生体工学)は「過去数十年間、脳腫瘍の発生件数が増加したとの証拠がないのだから、今回の調査結果に保健機関はそれほど強く反応しないと思う」と語った。しかし同時に、「(保健機関は)この結果を注意深く考察するだろう」とも述べた。
一方、環境への影響を懸念する団体「環境健康トラスト」の創立者デブラ・デービス氏は、これとは異なる意見だ。
同氏は「今回の暫定結果について、受動喫煙、アスベスト、あるいはホルモン補充療法に関する初期の研究結果と同じように扱い、より多くの人に被害の証拠が出てくるのを待ってから措置を講じるのであれば、われわれの子孫が代償を払うことになるだろう」と警告。そして、「脳腫瘍が現時点で多く発生していないからといって、それが携帯電話の安全性の証明にならない」と語った。

米国で携帯電話安全基準を管理している連邦通信委員会(FCC)は、今回の研究結果について報告を受けていたと述べた。FCCは2013年、FCCの安全基準について改正が必要かどうか検討するとの方針を出している。ただし、これまでのところ変更は一切していない。

(ウォール・ストリート・ジャーナル日本版)